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徳島地方裁判所 昭和54年(ヨ)146号 判決 1980年10月01日

債権者 辻行一

右代理人弁護士 仙谷由人

債務者 株式会社北島自動車学校

右代表者代表取締役 佐藤敬之

右代理人弁護士 田中達也

同 中田祐児

主文

一  本件申請を却下する。

二  申請費用は債権者の負担とする。

事実

第一申立

一  債権者の申請の趣旨

1  債権者が債務者に対し雇用契約上の地位を有することを仮に定める。

2  債務者は債権者に対し、昭和五四年一〇月以降毎月二八日限り、一か月につき金一九万三五八三円の割合による金員を仮に支払え。

3  申請費用は債務者の負担とする。

二  債務者の答弁

主文と同旨。

第二主張

一  債権者の申請理由

(被保全権利)

1 債務者は自動車教習所を経営する会社であり、債権者は債務者会社の創業以来約一五年にわたり同社に勤務してきた者であり、自動車運転の技能指導員、技能検定員の資格を有するものである。

2 債務者は、昭和五四年一〇月四日債権者に対し、「債権者は昭和五四年七月二一日の教習生平島重則の技能教習にあたり約八分間技能教習時間を欠略し、正当の理由がなく業務上の業務にそむいた。上記の事実について始末書を提出せず、理由書により虚偽の事実を申し述べ業務上の不利益をもたらせた。」旨を理由として諭旨解雇なる懲戒処分を通告し、債権者がその懲戒処分書の受領を拒否するや、「それなら懲戒解雇だ。」と申し向け、債権者を懲戒解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をなした。

3 しかしながら、本件解雇は次の(一)ないし(三)のとおりの理由により無効であるから、債権者は債務者に対し雇用契約上の権利を有しており、また債務者が債権者の就労を拒否しているのであるから賃金支払請求権を有している。

《以下事実省略》

理由

一  申請理由1の事実は当事者間に争いがなく、同2の事実も、本件解雇の意思表示がなされたとの点を除き、当事者間に争いがない。

二  債務者が債権者に対して本件解雇の意思表示をなしたとの点については、債権者は当初右解雇の意思表示の存在を主張し、相手方がその存在を認めた後にこれを変更して、右事実の存在を否定する主張をするに至った。右主張の変更がいわゆる先行自白の撤回に当たることは明らかである(債権者が当初から本件解雇の無効性を主張しているからといって、右解雇の意思表示の存否自体が自白の対象とならないということにはならない。)。

そこで、右自白の真実性につき判断するに、《証拠省略》には、債権者が、右争いのない事実にあるように債務者から諭旨解雇の通告を受けた日の翌日である昭和五四年一〇月五日の朝、諭旨解雇の懲戒処分書を債務者代表者に返す際に、同人から、それなら懲戒解雇にするという趣旨のことを口頭で告知されたことを債権者が自認する部分が存すること、これに沿う《証拠省略》によれば、債権者が本年三月の債権者本人尋問で本件解雇の意思表示の存在を否認する供述をするまで、債権者側、債務者側とも右意思表示の存在を当然の前提として行動しかつ訴訟行為をなしてきていると疎明されることに照らせば、債務者が右一〇月五日に債権者に対して本件解雇の意思表示をなしたことが疎明されているというに十分であ(る。)《証拠判断省略》

従って、右自白は真実に合致するものであって、その余の点につき判断するまでもなく、債権者の右自白の撤回は許されない。

なお、債務者は、債権者が前記諭旨解雇の不存在をも主張するに至ったことをもって、これも自白の撤回であると主張するが、債権者の右主張の趣旨は、右諭旨解雇の意思表示(前記通告)自体を否認するものではなく、これが前同日撤回されたというに過ぎないものであるから、自白の撤回には当たらない。そして、右諭旨解雇撤回の主張は、本件審理の終了段階に至って明確に主張されたものとはいえ、債権者の従前の主張や本件事実審理の結果に鑑み、時機に遅れた攻撃防禦方法として却下すべきものとはいえない。

三  債務者主張の教習時間欠略の有無について判断するに、《証拠省略》を総合すれば、債権者が昭和五四年七月二一日に技能指導員として教習生平島重則の技能教習(路上教習)を第一一時限目(午後六時五〇分から同七時四〇分までとされている教習時限)に行なったこと、債務者学校においては各教習時限の始め、終わりともその事務室にある基準時計に連動されたチャイムによってこれを知らせることとなっており、教習時間は右時計により計られていること、当日平島の右教習も右時計による開始時刻から始められたのであるが、路上教習を終えて平島が右事務室に教習カードを返しに来て事務員の戸井恒子と話をしていたとき、たまたま債務者代表者が事務室に入ってきてこれを現認したこと(当時債務者代表者は最終時限である第一一時限目の終業時刻より若干早い時間に事務室などの巡回に来ることが通常であった。)、そして不審に思った債務者代表者が直ちに右基準時計を見、事務室に居合わせた債務者専務の佐藤将春にも同時計を確認させたところ、右時計は午後七時三二分を指していたこと、そこで債務者代表者は、教習時間の欠略があったものと判断し、右専務をして平島から右欠略を確認する趣旨の書面を書いて出させるようにしたこと、更に債務者代表者は右専務に平島の再教育をさせるよう指示し、これにより同月二四日別の指導員によって平島の再教習が行なわれ、再教習の費用は債務者の負担において無料でなされたこと、また同月二五日の技能検定の際には、来校した徳島県公安委員会事務担当運転免許課教習所係長に債務者代表者から右欠略を口頭報告して事後処置の指示を仰いだこと、一般に路上教習においては、通路が混雑する時刻にかかるときは所定の教習時間(五〇分間)一杯かこれを超えることもあるが、前記第一一時限目の時刻では路上運転が早く終わり教習終了時刻前に教習所に帰着することも多い(その場合には所内コースを運転させる等して時間一杯教習させることとされている。)ことが疎明される。また、疎乙第八号証は右専務が平島に書いてもらったとされる書面であるが、そこには「昭和五四年七月二一日午後七時三二分下車」と、同人が右欠略を認める趣旨の記載があるところ、《証拠省略》によれば右疎乙第八号証が真正に成立したものであること、右記載内容は信用するに足りるものであることが疎明され(る。)《証拠判断省略》

以上の事実によれば、債権者が平島の前記教習に際し少なくとも午後七時三二分から同四〇分までの八分間教習時間を欠略したことは明白であるというべきである。なお、《証拠省略》によれば、後日右中川や債権者がそれぞれ平島方を訪れて右欠略の有無を尋ねた際、平島あるいは同人の母親から、平島の記憶では、右教習を終えて車輛を駐車位置に着けたとき他の教習車もたくさん駐車位置に着いていたということを聞いたといい、債権者本人も同旨の供述をするけれども、《証拠省略》によれば、右駐車車輛は前記教習時限には教習に使用されずに駐車されていた教習車であることが窺われるから、右事実、供述も右欠略があったことの疎明の妨げとはならず、他にこれを覆すに足りる資料はない。

従って、右欠略の不存在を前提とする申請理由3(一)の主張は到底採用できない。

四  次に、右教習時間欠略から本件解雇に至る経緯をみるに、債務者が債権者に対し前記教習時間の欠略(以下「本件欠略」という。)について弁明を求めず、また他の従業員からの事情聴取もせずに昭和五四年八月分給料から一時間分の時間外手当を控除したこと、債務者が債権者に始末書の提出を求めたことは、当事者間に争いがなく、右事実に、《証拠省略》を総合すると、以下の事実が疎明され、これを左右するに足りる資料はない。

1  本件欠略があった以後、再教習、公安委員会担当者に対する報告がなされたことは前示のとおりであるが、右報告から数日後の昭和五四年七月二九日に債務者代表者は専務佐藤将春に本件欠略の件を、当時病気入院中(同月二日から)であった債務者学校の校長(教習所管理者)岡久圭一に報告、協議させたところ、処分については同人が退院するまで待つように、との指示であった。

2  同年八月二八日の給料日に際し、債務者代表者は、右岡久がまだ入院中であったが、時間外手当の控除は同人の権限でなし得ると考え、本件欠略があった教習一時限に対応する時間外手当一時間分を控除したところ、債権者からその説明を求められ、翌二九日に初めて債権者に本件欠略があったことを告げ、始末書の提出を求めたが、債権者としては直ちに思い当たる所がなかったので、始末書の提出は待ってくれるよう述べた。なお、このとき債権者は平島作成の書面(前掲疎乙第八号証)を見せられ、前記再教習がされていることも知った。

3  同年九月一日、校長岡久が退院後初めて債務者学校へ行った際に、債権者に対して本件欠略の有無を尋ね、欠略があるなら謝罪してはどうかと勧めたが、債権者は、欠略については肯定も否定もせず、「欠略がわかっているならその場で注意してくれたらよいではないか。」、「私を目標にあら捜しをしているように思われる。」旨の発言をしていた。同月一二日頃校長岡久が再度債権者と話合った際、債権者は本件欠略については記憶がない旨述べ、始末書の提出には応じなかった。右話合いのとき校長岡久は債権者に、始末書にはありのままを書いたらよいではないか、との話もした。

4  一方、債権者は、債務者代表者から本件欠略を告げられてから、他の指導員らにもその有無を聞いてみたが、誰も当日のことは覚えていないということで、はっきりした言葉は得られなかった。また、指導員中川泰一に教習生平島方へ訪問して尋ねてもらったが、右中川から、平島からは欠略の件について確たる返事は得られず、前示のような他の教習車が着いていた、とか専務佐藤に出した書面を書いたときの自己の困惑した心境の話を得られたのみであった旨報告を受けた。そして、前記校長岡久の言もあったので、債権者は同年九月三〇日、理由書として、「本件欠略については全くその事実はない。他の指導員や平島らに聞いてみてもそのような事実はない。従って始末書ではなく理由書として提出する。」旨、本件欠略を断定的に否定する趣旨を記載した書面を債務者に提出した。

5  他方、債務者代表者は、当初始末書の提出を求めた時点では本件欠略に対する処分をどのようなものにするか未定であったが、その後債権者がなかなか始末書を提出しないので、同月一〇日頃から出勤してきた校長岡久とも相談し、債権者が素直に欠略を認めて始末書を提出してきたら出勤停止ぐらいにとどめ、そうでなければ、債務者代表者らが自ら現認してその存在が明らかな事実を認めないというのであるから諭旨解雇もやむをえないとの考えを持つようになった。そして右考えを決定的にさせたのが、同月三〇日の前記理由書の提出であり、債務者代表者、校長岡久は、専務佐藤将春とも協議のうえ右理由書を検討し、かつ他の従業員らにも本件欠略当時の事情を聴取したりしたうえ、結局、右理由書で本件欠略がないというのは虚偽の申述であり、反省の態度も見られないと判断し、債権者を諭旨解雇することに決定し、もし債権者が諭旨解雇に応じないならば懲戒解雇にすることもやむをえないという考えも有するに至った。

6  そして同年一〇月四日、債務者代表者は債権者に対し、申請理由2記載のような理由を記載した懲戒処分書を交付して諭旨解雇を通告した。

ところが、債権者は、右諭旨解雇を不服として翌一〇月五日朝、右処分書を債務者代表者に返しに来たので、債務者代表者は、校長岡久、専務佐藤とも相談のうえ、債権者を懲戒解雇にすることに決定し、同日午前中に、前記二で認定のとおり債権者に口頭で、本件解雇の意思表示をなした。以上のとおりである。

ところで、債務者が道路交通法九八条による公安委員会指定の自動車教習所であることは、弁論の全趣旨により明らかであるところ、同法上、指定自動車教習所における教習には、運転免許試験の一部免除につながる効果が与えられていることに鑑み、その教習が法令所定の要件のもとに教習時間の確保等適正になされることは極めて重要なことであり、当該教習所にとっても、教習が適正になされないとすれば、同条一〇項により公安委員会から指定解除処分あるいは卒業証明書若しくは修了証明書の発行禁止処分を受ける可能性もあるのであるから、右教習の適正運営は教習所経営の死活にも係わる重大問題であると考えられる。《証拠省略》によれば、右岡久及び債務者代表者らも教習時間の確保を右のようなものとしてとらえていたこと、徳島県においても、公安委員会から指定自動車教習所管理者に対し、教習時間の確保については僅少時間といえども疎略にせず厳重監督するよう指示が出されたり、同県指定自動車教習所の管理者会で同趣旨の指示がなされ、あるいは教習所設置者研修会での研修事項ともされたりしていたこと、右岡久も校長として、債権者ら技能指導員に対する毎月の所内研修の折に教習時間確保の指導をしていたこと、右岡久は、一分間の教習時間欠略は一日の発行禁止処分(一日間前記発行禁止になるもの)になることもある旨公安委員会側から聞いたこともあること等、教習時間欠略の右のような重要性にかんがみて債務者代表者は自ら現認した債権者の本件欠略に対し何らかの処分をすることとし、前示のような経過をたどって本件解雇に至ったことが疎明される。

五  以上の事実を基に、まず、本件解雇が不当労働行為に当たるか否かにつき判断する。

債権者が組合に所属する者であること、昭和五二年の年末一時金闘争に際して債権者主張のとおり査定部分を再分配したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、債権者が昭和五一年、同五二年に組合の支部長をしていたこと、その際右再分配を理由として債権者が解雇されたことがある(まもなく右解雇は撤回された。)こと、本件解雇が昭和五四年の夏期一時金をめぐって労使が対立していた頃(同年七月一六日と同月二五日から同二七日の妥結まで組合のストライキがなされた。)の事柄を理由とするものであること、本件欠略のあった教習の際に債権者が教習生平島にストライキに関する話をしたと債務者代表者が右欠略現認の折右平島から聞いたことは疎明されるが、しかし一方、組合の役員は、組合結成の昭和四五年一一月から組合員がほぼ毎年交代で勤めることになっていて、右五一、五二年のほかは他の組合員が組合支部長をしていたことも疎明されるのであって、特に債権者が組合の中心的人物であるとの疎明はなく、以上の事実に前示本件欠略から本件解雇に至る経緯を総合して検討すれば、本件解雇は、結局、教習時間欠略の重大性と、本件欠略の事実についての債権者の債務者に対する対応、態度を理由としてなされたものというべきであり、本件解雇が、債務者の組合弱体化の意図のもとになされたとか、債権者が組合の中心的人物ないしは活動家であるとの故をもってなされたとかはいえず、他に右事実が存在することについての疎明はない。

従って、本件解雇が不当労働行為に当たるとの主張は採用できない。

六  次に、解雇権濫用の主張につき判断する。

《証拠省略》によれば、債務者会社の就業規則には、第五〇条に懲戒解雇事由が列挙され、その第九号として、「業務上の義務に背き業務を怠ったとき」、第一〇号として「しばしば懲戒は訓戒を受けてもなお改しゅんの情がないと認められたとき」と規定され、同条但書に「但し情状により処分を軽減する事がある。」旨規定されていること、懲戒のうち解雇については懲戒解雇と諭旨解雇の二つが定められているが、諭旨解雇の事中としては特に規定されていないから、その事由は懲戒解雇のそれと同一であり、同条但書による軽減された処分として行なわれるものであることが疎明される。

本件欠略の存在が明白なものであることは前示のとおりであり、右欠略(少なくとも八分間)が、教習時間の確保という、債務者のような指定自動車教習所にとって経営上も極めて重大な問題に係わるものであり、債権者の主張するような、ささいなものではないことは既に明らかであるから、右欠略は右就業規則第五〇条第九号にいう業務上の義務違背・業務懈怠に該当するものというべきである。

そこで、債権者の本件欠略に対する態度、前示欠略発見後の債務者の対応をみるに、債権者からは債務者に対する事実の申告、弁明を進んでしたことはなく、また、債務者としても昭和五四年八月二八日の八月分給料支払日まで、本件欠略について債権者の弁明を求めず、あらためて他の従業員らから事情聴取等をすることもしないで、右八月分給料から一時間分の時間外手当を控除したことは当事者間に争いがないところ、債権者は、このことをもって、債務者が意図的に期間を置いて債権者の事実調査の機会を奪ったものと主張するが、前示のとおりの校長岡久の入院と同校長の指示、また、本件教習のあった同年七月二一日は、まだ夏期一時金闘争の最中であって、七月分給料日の前日に至ってやっと妥結したことなど前示経緯に鑑みれば、債務者の右所為も首肯するに足り、債権者の主張は当たらない。更に債権者は、債務者が前記理由書を目して本件欠略を否認する虚偽申述ととらえたことの不当を主張するが、前示のとおり本件欠略は債務者代表者及び専務佐藤将春が現認し、これに対し再教習の実施等の措置までとっている明白なものであるのに、債権者は単に、自己の記憶にない、当該教習生や他の従業員に聞いてみても欠略の存在は判然としなかったことのみを根拠として、そして、自分が債務者から意図的に攻撃されているかの如き被害意識を抱いて、右理由書により断定的に本件欠略の存在を否定し、その態度は一貫して今日に至っているものであり、債権者の右欠略否認の行為が、債権者自らの欠略の記憶ないし事実を故意に隠ぺいし、明らかに作為・虚偽のものとするに足りる資料はないけれども、特段の事情のないかぎり故意・虚偽の否認と推定されることもやむをえない状況にあり、債務者がかかる債権者の態度を、ことさら欠略の事実を否認するものと判断したこともそれなりに首肯し得るものである(校長岡久が債権者に、始末書にはありのままを書いたらよいではないかと話したことも、右岡久の証言によれば、右のような断定的否認を容認する趣旨のものではなかったと推認される。)うえに、少くとも、万一の自己の欠略を謙虚に反省し、前示法令上の教習時間の厳守方について債務者の危惧・不安の念を払拭し、相互の信頼感が失われることのないように誠実な対応を示して事態の解決を図るべきであったのに、前記のように欠略の事実を断定的に否定する態度を一貫してとりつづけてきた以上は、もはや債務者の従業員としての債権者の身分を維持すべき信頼関係は、債権者の責により著しく損われたものというのほかない。

そうすると、債務者においても内部で種々協議を重ねながら債権者に対応して前記諭旨解雇に至った等前判示の諸経緯に照らして考えるならば、債務者が本件欠略の重大性及び債権者のこれに対する態度に鑑み、最終的には債権者の身分を失わせる解雇の懲戒処分に付したこと自体は相当であり、社会通念上著しく妥当性を欠くものであるとはいえない。

ところで、債権者が債務者会社の創業以来約一五年にわたり同社に勤務してきた者であることは当事者間に争いのないところであり、債務者代表者の供述によれば、同社では諭旨解雇の場合はなお退職金が支払われるのに対し、懲戒解雇の場合はそれがないことが疎明され、右事情をも斟酌すると、債権者が諭旨解雇の懲戒処分に不服を唱え、その懲戒処分書の受領を拒否したからといって(債権者が諭旨解雇に同意しなければ右処分の効果が発生しないという事情は疎明されていない。)、本件欠略を理由として懲戒解雇処分に付することは、債権者にとり酷に過ぎるものというべく、本件解雇は社会通念上著しく妥当を欠くもので、解雇権を濫用してなされたものであり、本件解雇は無効というべきである。債務者は、本件解雇の根拠として、債権者に他に別紙記載の規律違反行為があったことも挙げているが、そのうち、昭和五四年三月一五日の午後〇時五分から一〇分までの五分間の教習欠略(兼松教習生)の事実については、《証拠省略》によると、路上教習時間中の同〇時五分ころ債権者が学校事務室に居たことは疎明されるけれども、その居室時間は極めて短時間であり、その目的及びその後継続して教習を欠略していたことについては疎明が不十分であるといわざるをえないから右欠略があったことを前提に本件解雇処分の論拠とすることは相当でなく、せいぜい債権者の勤務態度についての一事情として前示諭旨解雇の正当性判断の際に考慮されるにとどまるものであり、その他の事実については、債務者代表者の供述によれば、多くは本件解雇当時債務者代表者において認識していなかったことであるうえに、本件解雇が結局本件欠略を理由としてなされたものであると言うに十分であるし、右規律違反行為なるものの中には、疎明十分とは言えないもの、また、ささいな事柄も含まれているのであって、これらによって、本件解雇が解雇権を濫用してなされたとの前示判断を覆すには足りない。

七  ところで、右諭旨解雇と本件解雇とはそれぞれ別個独立の懲戒処分ではあるが、前者から後者に至った前示経緯を見れば、本件解雇の意思表示により既にされた右諭旨解雇の意思表示が確定的に撤回されたとか、右両解雇の意思表示が無条件で併存するとかみるのは相当でなく、右二つの処分とも債権者の身分を喪失させる点では共通であり、かつ、懲戒解雇の方が退職金受給権を喪失させる点で諭旨解雇よりも重い処分であること、債権者が諭旨解雇に異議を唱えたため懲戒解雇がなされたこと等前示の経緯に鑑みるならば、債務者としては、右諭旨解雇を確定的に撤回したものではなく、本件解雇が無効とされるのであれば右諭旨解雇の効力はなお維持する趣旨であったとみるのが相当である。

従って、本件解雇は前判示のとおり解雇権を濫用してなされたもので無効というべきであるが、なお維持されているとみられる右諭旨解雇の効力について判断するに(債権者はこの点につき特定的に右諭旨解雇をとらえての無効原因を主張してはいないが、本件懲戒解雇と同様に債権者の身分を喪失せしめるものとしてその効力を争う趣旨であることは明らかである。)、右諭旨解雇が不当労働行為に当たるものでないこと、また、解雇権の濫用にわたるものといえないことは前記五、六で判示したとおりである。なお、《証拠省略》によれば、債務者会社の就業規則では、その第四八条で懲戒の種類、方法として、懲戒解雇は「予告しないで解雇する。」とされているのに、諭旨解雇については単に「諭旨によって退職させる。」としか定められていないこと、債務者代表者及び校長岡久とも、債権者を諭旨解雇するに際しては予告手当の支払が必要であると考えその予定でいたこと、右就業規則では、通常解雇についてであるがその第五三条で、予告ないし予告手当については三〇日前の予告もしくは三〇日分の平均賃金とする旨定められていることが疎明されるから、債務者会社においては、諭旨解雇には右方法による予告もしくは予告手当の支払が必要とされていたものというべきところ、右は労働基準法よりなお労働者の保護に厚い定めではあるが、予告期間ないしは予告手当の支払というものの労働者保護に対する効果に照らし、それは右諭旨解雇の効力に関わるものであると解される。ところで、債務者が前記諭旨解雇に際し、(翌日本件解雇がなされた関係もあって)右予告手当を支払わなかったことは債務者代表者の供述により明らかであるが、かかる諭旨解雇も、債務者が即時解雇に固執する等特段の事情がない限り、その後右予告期間を経過したときに効力を生ずるものと解されるところ、そのような事情が疎明されない本件では、結局右諭旨解雇もそれがなされた昭和五四年一〇月四日から三〇日の期間を経過したことにより既に効力が生じているというべきである。

八  従って、債権者は、右諭旨解雇により債務者の被用者としての地位を喪失し、債務者に対する雇用契約上の権利を失っているものといわなければならない。ただ、賃金仮払いを求める申請部分については、右諭旨解雇の効力発生時期が右のとおり三〇日経過後となることにより、債権者はこの間なお被用者としての地位にあったこととなり、この間の賃金支払請求権が発生する余地はあるが、債権者の主張の趣旨に鑑みれば、債権者は、本件解雇の無効を主張し、それを前提としての地位保全仮処分と現在に至るまでの全面的な賃金仮払いの仮処分を本件において申請しているのであって、右のようにこれとは異なる右諭旨解雇の効力発生時期にからむ一か月分位の部分的な賃金支払請求権をも被保全権利として主張し、その仮払いを求める趣旨であるとは解されない。

ゆえに、債権者主張の被保全権利の疎明はないことに帰し、右疎明に代えて保証を立てさせて本件申請を認容することも相当でない。

九  よって、本件申請を却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩佐善巳 裁判官 横山敏夫 山田博)

<以下省略>

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